高級な食事のイメージがあった寿司も、今はずいぶん大衆化されてきました。これは回転すしのブームがあったからでしょう。
また、ファーストフード店やコンビニも大衆化に一役買ったのはいうまでもありませんね。では、少しだけ寿司の長い歴史にふれてみましょう。

すしの歴史
寿司の起源 すしの起源は東南アジアといわれる。川魚の保存法として米などの穀類と炊いたものと一緒に漬け込み、米の発酵を利用して魚を保存した。

この技術が中国→朝鮮半島→奈良時代に日本に伝わったといわれる

文献によると:718年(奈良時代)養老律令の税金の項目にアワビずし・イガイずしを税金で収めたと記載されている。

川魚が中心だった頃 奈良時代に入って穀類と一緒にアユやフナを漬け込んだ熟れずしが庶民に食べられるようになった。

琵琶湖周辺のフナの熟れずしがあるが、塩つけにしたフナをご飯とともに、1年くらい漬け込んだもので、ご飯は食べずフナだけ食べる。

鎌倉時代は生成れが登場する。生成れは10日くらいで食べられ、素材はアユ・フナ・ナマズ・コイなどの川魚が中心でした。

酢が作られる 安土桃山時代になると酢が作られました。これによって、寿司が大きく変わりました。

この頃、飯ずしが誕生します。

(ご飯も食べる)箱寿司(押し寿司)もこの頃に誕生しました。

素材も川魚に代わって、小鯛やサバなどになりました。漬け込んだ魚は今までは、おかずでしたが、食事へと変わっていきました

にぎり寿司 にぎりずしの誕生は、江戸時代の後期、文化年間(1818〜1830年)です。

握ってその場で食べる・・というのを考案したのは、花屋興兵衛と伝えられます。
日本料理の技術である、酢の物(コハダ)や煮物(イカ・穴子)、焼き物(玉子)、蒸し物(アワビ)、刺身(マグロ・ヒラメ)などをすし飯と一緒に食べさせるということを思いついたと云われます。

江戸前というとすしの代名詞と思われますが、もとはウナギを指していました。

かって江戸城の前は海でしたが、ここを埋め立てた沼でウナギが沢山捕れ、これをぶつ切りにして串にさして焼いて食べさせた店があったことから、江戸城前のウナギと云われるようになったらしいです。

その後、にぎりずしが盛んになったので、江戸前ずしとすしにも使われるようになったといわれます。江戸の前の海で捕れる魚を指す言葉です。

屋台中心 江戸から明治にかけてのすしは、屋台が中心で、現在のように店を構えるようになったのは、もっと後のことです。

桶にすしダネを入れて、担いで町の中で売り歩くすし売りという商売もありました。
冷蔵庫の無い時代のことなので、殆どのすしダネは、酢に漬けたり、煮たり、しょう油に漬けたりと手が加えられていました。

これが、今も伝わる酢じめをした光りものや煮イカや煮ハマグリ、またはマグロのしょう油ずけの原型です。

すし屋の調理場がつけ場と云われるのは、このように醤油に漬けたり、酢に漬けたりする仕事が中心だったことの名残です。

カウンター 戦後は、屋台で生ものを扱うことが禁止され、店の中に屋台を持ち込み店内で食べさせるようになりました。

これは屋台の形式を店の中で再現したと言うことです。

屋台の形式がカウンターになりました。戦中・戦後の食糧難の時は、すし屋も店を閉めなくてはならなかったのですが、米1合で巻物を含むすし10個と交換することが出来たといわれます。

この時のすしが1貫の大きさの基準であり1人前の基準となっています。にぎりずしが誕生してから、わずか200年余。

これからすしはどのように変化していくのでしょうか。

すしの分布
馴れずし 滋賀県琵琶湖岸一円、ことに湖東、湖北に多いのがフナずし。

この他には所々傷跡的に残っているだけ。

生成れ 和歌山県有田、日高両郡、熊野地方の馴れずしでサバを主に使う。滋賀県のめずしは、モロコ、小アユ、オイカワなどを使う。

兵庫県西部のツナシずしは、他県にもある。アユずしは全国的にあり早ずし化しつつある。

いずし 滋賀、岐阜、福井三県の山間から富山、新潟方面で作られているねずし、大根ずし、加賀の蕪ずしなどがある。

他には、秋田地方のハタハタずし、青森から北海道へかけてのいずし、備後因島のしばずしがある。

姿ずし,棒ずし 京都を中心に中国の山間部、四国方面へと広く分布しているサバずし、その変形の大阪のバッテラがある。

大阪、和歌山の小ダイずし。一般には各地のアユ・ツナシの生成は大方この姿ずし、棒ずしになってきている。

卯の花ずし 伊予の丸ずし、広島県西部から山口県海岸部で作られるとうずし、石見のおまんずし、出雲のコノシロずし、備前三次や羽前新庄、羽後矢島のアユずしなど。

他には裏日本の海岸部に広くあり、材料はイワシかコノシロが多い。表日本でもイワシが捕れる所では作られる

飯ずし 大阪の箱ずし、和歌山のコケラずし、鏡ずしなど。

握りずし 江戸前のすしである。

散らしずし
五目ずし
最も家庭的なものとして、全国に広がっているが、特に有名なのが岡山の備前ずし・長崎県の大村ずしである。

志摩の手こねずしのように、五目ずしを押す型のもある。

巻きずし ノリ巻きは、全国的に作られている家庭向きのすしである。巻く材料は、ノリの変わりに、青ノリ(和歌山県)、コンブ、卵焼き(高知県)を使うところもある。

印籠ずし 稲荷ずし(油揚げずし、狐ずしとも云う)は、もと名古屋地方に始まったが、今日では殆ど全国で作られている。

竹の子、イカの印籠ずしは、各名産地で作られている。柿の葉ずしは、近畿地方を中心に作られている。

変わりずし ソバずし、竹ずし(アユ)、洋食ずし、細工ずしなどは、好事のわざであって、特に論ずる程でもない

すしの雑学
イカ 何故2貫づけか?
すしは、1貫2貫と数えます。もともとは1貫があたりまえでしたが、今は2貫で出すのがあたりまえになっています。

戦前までは、1貫の大きさが小さなおにぎり位あったそうです。それが次第にすし飯の量が減り、すしダネが大きくなってきました。

戦後その傾向が顕著になりすしは、今の大きさになり2貫づけにするようになったといわれます。
注文は、1貫でも大丈夫のところもあります。

サンマ 青魚はガンを防ぐ?

イワシ・アジ、サバ、コハダなどの青魚には、イコサペンタエン酸(EPA)が多く含まれる。

これは中性脂肪を減らし動脈硬化を防ぐ作用があり、最近の研究では発ガン抑制にも効果が認められています。

また、イワシに多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)は、高度不飽和脂肪酸の一種で、人間の脳の発育には欠くことが出来ない物質です。ボケ予防と治療に効果があるといわれています。

車えび 海老
頭を除いて5cmほどの大きさの海老をサイマキエビ、10cmくらいのものをマキエビ、それ以上になるとクルマエビと呼びます。

甘海老の正式名称は北国赤エビです。濃厚な味のわりには低カロリーでコレステロールが少ないです。

軍艦巻き
軍艦巻きは、戦前の寿司屋にはありませんでした。戦後になってからウニやイクラを乗せたシャリを海苔で巻く軍艦巻きが広がりました。握れないネタを頂くための手法です。
シャコ
旬は産卵期である5月から7月。カツブシと呼ばれるメスの赤身の中にある堅くて赤い棒状の卵巣を持った子持ちシャコは絶品。ビタミンBが豊富です。

寿司の王様がマグロです。日本海を回遊していますが旬は12月に北海道で始まり1月には太平洋、日本海と南下してきます。

赤身、中トロ、大トロなど部位によって味も値段も異なります。近頃では養殖のまぐろが多く運動量が少ないので脂みの部分が多くなり、トロとして販売されていますが味は落ちます。

寿司の食べ方?
握った寿司は、すぐに食べるのが良いです。手のぬくもりが残るくらいが食べごろ。いつまでも食べずにおいては、シャリもタネも乾いてしまって味が落ちてしまいます。
寿司は、手で食べても箸でもどちらでも良いです。手で握る寿司は、手で食べやすくなっているので、しょう油をつけて食べる食べ方を考えても手の方が良いです。

しょう油のつけ方は、タネにしょう油を少しつけて食べるのが良いです。ご飯にしょう油をつけるのは、しょう油にご飯がこぼれて汚くなります。

ちらし寿司の場合もタネにワサビを少しのせてに小皿に入れたしょう油をつけて食べるのがよいです。

ついでに、すしダネをはがしてしょう油を付けるのもタブーとされます。

寿司ダネに、薬味がのっていたり、軍艦巻きの場合は箸でガリをつまみ、ガリにしょう油をつけて、刷毛がわりにすると良いです。

煮切りがつけてある場合は、しょう油はつけずにそのままで頂きましょう。

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